【WILD WIND 12-2】

※千鶴ちゃん(記憶無)と斎藤さん(記憶アリ)の間の子どもがオリキャラとしてでてきます。苦手な方はブラウザバック!










斎藤は自分の足先を見ながら勝手場に向かって歩いていた。
あの後の会話を思い出すと、どうすればいいのか困惑する。しかし現状を変えたいと斎藤が考えていたことも事実なのだ。こんな急に、とは思っていなかったのだが背中を押してもらえたという意味ではいい機会だ。
斎藤はそう自分に言いきかせ、戻りたくなる気持ちを抑えて足を前へと進める。

『こ、今夜などとそんな急な…』
斎藤がうろたえながら答えた返事は、左之に一蹴された。
『夜這いなんてなあ、勢いだよ勢い。千太郎の協力もあるし俺らの協力もある。新八からの手紙もあるしお前の気持ちもわかった。今夜が最適だ。突然押しかけるのが気が引けるっつーんなら今から言ってくればいいんじゃねえか』
『言う…とは?』
戸惑ったように聞き返す斎藤に、左之は口をへの字にして顎を突き出した。
『おいおい、羅刹との戦いで女の落とし方もわすれちまったのか?お前が好きだ、身も心も俺のものにしたい、今夜行ってもいいか、って千鶴に今から聞いてこい』
左之の言葉を隣で聞いていた平助が赤面した。
『うお〜!なんか……照れるな!頑張れ、一君!』
『いや、そのようなことを…』
『言わなきゃ何も始まんねえんだよ。ほら、千太郎のためにもはやく行って来い!今の時間なら千鶴は夕飯の準備で勝手場だろ?ちょうど今日はお前が夕飯当番だし、メシ作りながら今夜の夜這いの手筈について話してこい』

そう言って強引に送り出された斎藤は、今中庭を歩きながらこれからどうしようかと思い悩んでいるのだ。
勝手場には向かっている。
千鶴にも、一応……その、夜這いとまではいかなくても、好いていると伝えたいと思う。千太郎が産まれる前に一度だけ『傍に居たい』と自分の気持ちを伝えたつもりではあるのだが、もう少しはっきりと。
そして千鶴が困らないようなら、できれば……いや、本当に少しずつでいいから、その……夫婦のような関係になっていけたらと思う。
千鶴としてはまだ記憶のない時期の事について不安に思っているだろうから、素直に斎藤の好意を受け入れてくれないかもしれない。しかし状況は変わったのだ。
左之と平助が来てくれた。妖刀村正も手に入れた。
千太郎も無事産まれ……

あの頃は、とにかく千鶴の命と生まれてくる千太郎の命さえ無事ならばそれでいい、と斎藤は自分の身を削るようにして二人を守ってきた。今、平和になり千鶴も千太郎も元気でくらしている。
そうなるとさらなる欲が出てきてしまうのだ。
自分も……斎藤も幸せになりたいと。なれるのではないかと。
この話が左之達との間で出る前から、斎藤はいろいろ考えてはいたのだ。それを実行に移すかどうかは別にして。
だが実際に実行に移すとなると、一体どうやってやればいいのか途方に暮れる。
左之が言ったような言葉を、千鶴に面と向かって言えるのだろうか?自分にはとても言える気がしない。しかしあの言葉は誤解の余地なく斎藤の気持ちと今後の二人の関係をいい表している。

「……お前が好きだ。身も心も、俺のものにしたい。今夜、行っても……」
斎藤が試しに小さな声で呟いているとき、後ろから「斎藤さん?」という澄んだ声がした。斎藤がぎょっとして振り向くと、千鶴がキョトンとした顔で立っている。
「斎藤さん?どうかされました?独り言を言いながら歩いてらっしゃるんで……。今日は夕ご飯の当番ですよね?」
「ちっ千鶴……!お前……お前はいつから……俺が言っていたことを…」
「?さっきから勝手場には居ましたけど……。いえ、何をおっしゃってるのかまでは聞こえなかったんですが」
「そ、そうか……」
斎藤はほっとした。いや、千鶴に伝えなくてはいけない言葉なのだから、実際は聞かれてしまっていた方がよかったのかもしれないが、しかし心の準備という物がある。そもそも斎藤は左之と違って昔から女子にそういう、色恋の話をどうしたらいいかなどわからないのだ。
以前、千鶴と思い合った時はどうだったか、どのようにしたかを斎藤は必死に思い出そうとしていた。

そんな斎藤を、千鶴は不思議そうに見て、肩をすくめると再び勝手場に戻った。
そろそろお湯が沸いているころだ。
夕飯は当初は千鶴達の世帯と斎藤達の世帯とで別々に作って食べていたのだが、千太郎が産まれたあたりから双方から一名ずつ当番を出して二名で全員分を作り、全員で食べるようになっていた。
千鶴の産後の肥立ちがあまりよくなく、千太郎の世話もあり、君菊がてんてこ舞いしていたため、斎藤達が彼女達の夕飯を一緒に作るようになったのだ。皆の夕飯を一度に作ったのなら、一緒に食べるのが自然で……千太郎が大きくなり一緒に食卓を囲めるようになると、皆で一緒に食べることはますます自然になっていった。
朝と夜。皆で食卓を囲むのは今では日常の光景になってしまっている。

千鶴は人数分の味噌汁を作り、豆腐を切る。ご飯はもうすぐたけるころだし、そろそろ……
「斎藤さん?お魚を焼いてもらえますか?」
千鶴は、相変わらず勝手場の外に立ってぶつぶつ言っている斎藤に声をかけた。
なんだか斎藤がヘンだ。何か心ここに非ずと言うか……。いつもは自ら食事の味付けや手順を指示するのに今日はぼんやりとしている。
まあ、そういう日もあるだろうと千鶴は特に気にせず、外で魚を焼きだした斎藤の方へと近寄る。
バタバタと七輪をうちわであおいでいる斎藤の傍で千鶴が魚の焼き具合を調べていると、妙に固い斎藤の声が聞こえてきた。
「ま、毎日暑いな」
あまり世間話をしない斎藤が唐突に言ったその言葉に、千鶴はキョトンとした。しかしにっこりと微笑んで返事をする。
「そうですね。でも夜はだいぶ過ごしやすくなりましたよね」
「そうだな」
「「……」」
妙な沈黙が訪れる。千鶴が何か話題を探そうと考えていると、斎藤が再び口を開いた。
「……夜は…、その夜は………」
そう言って斎藤は黙り込んだ。千鶴は何かと彼の顔を覗き込む。と、斎藤が続けた。
「夜は涼しいな」
「…そうですね」
「その……もうすぐ秋だな」
「はい。お月様のきれいな季節になりますね」
「そうか……!」
「え?」
千鶴が特に考えずに行った『月』という言葉に、斎藤は異様に反応した。何か変なことを言っただろうかと千鶴はとまどうが、斎藤はそれには気づかず焦るように言った。
「つ、月を……月を見ないか?一緒に」
「え?」
「昨夜は満月だった。確か。きっと今夜もそうだろう。いや、少しだけ欠けてしまっているかもしれんがほぼ満月だと思う。まだ夏ではあるが夜は涼しく秋の様で、秋は月がきれいなのだからして……」
千鶴はキョトンとして斎藤を見た。斎藤はハッと我に返ったような素振りをして、また七輪の上の魚へと視線を固定した。
七輪はバタバタバタバタと無駄にうちわであおられ、そのせいで煙がもくもくとたってしまっている。
斎藤が何故突然そんなことを言い出したのかはわからないが、夜、全ての家事が終わった後に一緒に時を過ごしたいと思ってもらえるのはとても嬉しい。まるで……まるで夫婦のようではないか。
千鶴は胸の奥から湧き上ってくる幸せな思いを噛みしめながら、ゆっくりとうなずいた。
「はい、あの……嬉しいです。お酒と、あとおつまみを何か用意しておきますね。どこでお月見しましょうか?中庭にします?」
「いや、その……できれば、ちっちっちちち千鶴の部屋ではどうだろうか…!」
「え?」
千鶴が驚いて聞き返すと、斎藤はうちわを持ったまま手をあっちにやったりこっちにやったりしながら説明をした。
「いや!まずかったらいいのだ。本当にもしできたらという想定の話で、千鶴の部屋でなくてはいけないなどという事はもちろない。どこから見ても月は月で美しいし……」
「はい」
千鶴が静かに返事をすると、斎藤は今度はピタリと動きを止めた。
「あの、私の部屋の外に縁側がありますし、月も綺麗に見えると思います。もしよろしければ……」

斎藤のこの動揺ぶり。二人で夜に月を見たいと言い出したこと。そして場所は千鶴の部屋……。
何があったのかはわからないが、斎藤がこれまでの二人の関係を変えようと思ってくれたのだという事は、千鶴にもなんとなく伝わった。何か重要な話をしたいのか、それともただ単に二人で時を過ごしたいだけなのかはわからない。
でもどちらにしても、千鶴にとっては嬉しいことだった。
千太郎は、今夜は君菊と一緒に寝てもらおう。
千太郎はよく君菊になついているし、最近は時々彼女と寝ているからきっと大丈夫だろう。
「お酒と…おつまみを用意しておきますね」
「……」
千鶴が恥ずかしそうに頬を染めてそう言うと、斎藤は固まったままパクパクと口を動かした。
「その……すまない。わがままを言ったようで……」
斎藤らしく律儀に謝るのを、千鶴は微笑んで遮った。
「そんなことありません、わがままだなんて……。でも、なんだか少し……緊張します」
「う、うむ…」
妙に気恥ずかしい空気が二人をつつむ。斎藤はそんな空気をごまかすために、必死にうちわで魚を仰ぎ続けていたのだった。




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