【WILD WIND 14-1】

※千鶴ちゃん(記憶無)と斎藤さん(記憶アリ)の間の子どもがオリキャラとしてでてきます。流血表現があります。苦手な方はブラウザバック!










朝食を終えて離れに戻ると、隣接した道場で斎藤が一人素振りをしていた。
左之と平助は顔を見合わせる。
昨夜、斎藤は離れのいつもの寝床には帰ってこなかった。今朝も千鶴と千太郎と共に一緒に寝ていたと君菊からも聞いている。首尾は上々ということでいいのだろう。
左之は壁に腕をついてよりかかると、斎藤に声をかけた。
「今夜からあっちか?」
そう言いながら親指で千鶴達のいる母屋の方を指す。
斎藤は木刀を構えたまま左之を見た。うっすらと汗をかき、珍しく息も上がっている。かなり前から鍛錬していたようだ。
「……」
斎藤は木刀を下げると、腕で汗を拭きながら左之達の方へ歩いてくる。そして小さく微笑むと返事をした。
「……そうだな。千鶴とはそこまで具体的には話していないが、そうなると思う」
わっと平助と左之が声をあげる。斎藤の肩をバンバン叩く平助に、左之は斎藤の髪をぐしゃぐしゃに乱す。
「そーかー!!やったな!!」
「ようやくかよ!一君よかったな!」
「今夜はごちそうだな!」
「酒だ酒!祝言だろ!?」
大騒ぎの左之と平助を見て、斎藤も嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。お前たちにもいろいろと……迷惑をかけたな」
平助が再びバンバンと斎藤を叩いた。あまりの強さに斎藤は咳き込む。
「気にすんなって!一君のためでもあるけど千鶴のためでもあるんだからさ!」
「そうだな、昔の仲間の助けになれるのなら俺たちだって嬉しいさ」
心から喜んでくれている左之と平助に、斎藤も嬉しく思った。図らずも相当な心配をかけてしまっていたようだ。
斎藤がもう一度二人に礼を言おうと口を開けた時……

「きゃあああああああ!」

勝手場の方から女性の叫び声と、ガラガラッという何かが崩れ落ちる音。ドシン!という重いものがぶつかる音がした。
斎藤と左之、平助は顔を見合わせ、一瞬後すぐに走り出す。
あの叫び声は、下働きをしている女中のものだ。いったん途絶えた彼女の声は、ふたたび響き始める。
「きゃああ!きゃあああ!!!!きっ君菊さん!!千鶴さん!!!」
これは只事ではない。
男たちは血相を変えて勝手場へと走りこんだ。

最初に感じたのは血の匂い。
むせかえる程の血の匂いが、勝手場には充満していた。左之は昔は嗅ぎ慣れていたその匂いに眉をしかめた。
桶や食器、乾物、鍋が勝手場の床に散乱している。
相変わらず叫び続けている下働きの女性は、地面に這いつくばって必死に部屋の隅に逃げようとしていた。
左之が駆け寄り問い詰める。
「おい!どうした!何が……」
聞きかけて、下働きの女性の視線の先を追い、左之は目を見開いたまま固まった。
勝手場の奥の壁に、君菊がはりつくようにして立っているのだ。
いや、立っているのではない。彼女の足元にどんどん広がっていくの血の海を見ればただ単に立っているだけでないのはわかる。
君菊は刀で肩を貫かれ、壁に貼り付けられていた。動こうにも貫かれた刀のせいで身動きが取れない。
左之は君菊に駆け寄る。
「おいっ!おい大丈夫か!しっかりしろ!」
「さ、左之さん……」
平助と斎藤も駆け寄る。
「しゃべらなくてもいい。刀を今抜く。痛いだろうが我慢しろ」
斎藤はそう言うと、君菊を貫通して壁に突き刺さっている刀の柄に手をかけた。そして君菊の両脇に居る左之と平助と視線をあわせる。
言葉は無いが、三人は正確にお互いの意志を理解していた。左之と平助が君菊を抑え、斎藤が刀を抜くのだ。
無言で呼吸を合わせて、斎藤は一気に刀を引き抜いた。
ずるっという音と共に更に傷口から血が吹き出し、君菊が糸の切れた人形のように床に崩れ落ちる。
「しっかりしろ!」
左之が抱きかかえ、平助が手ぬぐいを使って止血をする。
下働きの女性は「ひいいいいっ」と叫び、今度は斎藤達から逃げようとしていた。
「医者を……千鶴は?」
君菊の手当てをするために千鶴を呼んで来ようと立ち上がった平助の手を、血まみれの君菊の手が止めた。
「わ、私の傷は……ふさがります。これくらいなら、鬼なので……っ2日にもすれば元通りになります。それよりも、千鶴さんが……」
「千鶴?千鶴がどうしたのだ?」
斎藤が聞き返したとき、勝手場の外から別の声がした。

「どうしたの?これは何事?」
勝手場の外、まぶしい午前の光の中から懐かしい声と共に入ってきたのは千だった。後ろの大きな影二つは天霧と不知火だ。
物が散乱している勝手場を見て千は眉をひそめる。そしてぐるりと見渡し、血まみれの君菊を見つけると息を呑んだ。
「君菊!」
「姫様…!わ、私は大丈夫です。それよりも……申し訳ございません。必ず守るようにと言われていたのに千鶴さんが…」
「千鶴ちゃんが!?」
「千鶴はどこだ?」
千と斎藤が聞き返すと、君菊は唇をかみしめてうなだれた。
「……さらわれました…!真っ白な髪に赤い瞳。鬼でした……!」

君菊はそう言うと意識を失った。
下働きの女性をなだめて、起こった出来事を聞きだす。

君菊達の朝食には、結局千鶴は間に合わなかった。
千太郎はまだ千鶴の部屋で寝ており、千鶴だけが起きだして勝手場へ顔をだしたらしい。君菊がからかい、千鶴が照れながら昨夜の事情を話しているとき、突然千鶴が後ろから何者かに抱え上げられた。驚いて抵抗しようとした君菊は、後から入ってきたもう一人の鬼に刀で貫かれ壁に貼り付けられてしまう。
千鶴はそのまま、あっという間に連れ去られてしまったのだ。


千は爪を噛みながら状況を聞いていた。
「一歩遅かったわ…!妙な夢を見たし予感があったから急いで京からかけつけたんだけど。北の鬼たちの計画的な犯行ね。羅刹も変若水騒ぎもすっかり落ち着いていたから北の鬼たちももうあきらめたか部族自体消滅したかと思っていたのだけれど、甘かったわ」
「どうするよ?」
一緒に来ていた不知火が、腰に手を当てて千に聞いた。
千はさすがに西の頭領の貫録で、キッとまなじりをあげて立ち上がる。
「鬼の問題は鬼でカタをつけなくては。北の鬼が暴走しているのなら、私たちが共闘して片をつける。不知火、西の里に戻って北へと向かう手練れの鬼たちを集めてきて頂戴。天霧、あなたもよ。北の鬼はそんな大きな部族ではないから人数はいらない。でも捨て身ではむかってくるだろうから、少数精鋭で行くわ。それから私はここ、関東の鬼たちに声をかけます。必勝の構えで北の鬼をこんどこそ叩き潰すわ!」

腕を組んで柱に寄りかかり、話を聞いていた斎藤は、千の言葉を聞くとスッと体をおこし、勝手場から出て行った。
それに気づいた平助が慌てて後を追いかける。
斎藤は離れに行くと、来ていた着流しを脱ぎ、洋装に着替えだした。ブーツを履き、ボタンを留めていく。
「お、おいおい一君、どうすんのさ?千が鬼たち集めてくれるっていうからそいつらと一緒に……」
「時間がかかりすぎる」
平助の言葉は、斎藤にさえぎられた。
「俺は一人で千鶴を追う。千太郎を頼む」
「た、頼むって頼むって……一君一人でどうすんのさ。お、俺も行くよ!」
平助の言葉は、後からついてきた左之にひきとられる。
「やめとけ。斎藤はなにをしなくちゃいけねえかくらいわかってるよ。北の地の利もあるし千鶴のことも、羅刹の事も、鬼の強さも充分知ってるさ。俺達は千達と一緒に動いた方がいい」
斎藤はもくもくと準備を終え、長持のなかから刀をとりだした。

妖刀村正。

それはようやくの出番に打ち震えているようだった。不気味な波動だが、今の斎藤には些細なことにしか思えない。

暴れたいなら暴れるがいい。お前にふさわしい戦場を用意してやる。
俺の意志に従い、俺の思うが儘に戦え。

斎藤は冷たい蒼い瞳を静かに光らせて、村正を掴んだ。





後ろからやってきた千が、村正を腰布にさしている斎藤を見ながら口を開いた。
「天霧」
心得ていたように、天霧はうなずき、一歩前へ進みでる。
「私が同行しましょう。多分千鶴をさらったのは脚の速さに特化した特殊能力を持つ鬼です。だからこそ結界を破り君菊に気づかれずにこの家にもぐりこむことができたのでしょう。今はその足の速さを生かして千鶴を北の地へと連れている途中だ思われます。人の脚で追うのはむりでしょう。私はそれほど脚が早いわけではないですが、それでも人間の脚と比べれば段違いです。私が君を北の地まで運びます」
「結構だ。自分でなんとかする」
左之は、斎藤のそっけない返事に小さく舌打ちした。
また悪い癖だ。斎藤は千鶴のことになると皆の助けを拒絶する。それは自分が千鶴を守りたいと言う気持ちと同時に、絶対的な自信のせいだろう。確かに斎藤の綿密さと計算、そして度胸に意志の強さにかなうような者はあまりいない。
しかしこの場合は別だ。斎藤がどれだけ優れていたとしても、鬼の脚にはかなわない。天霧に運んでもらった方が何倍も早く北の地に到着することができるだろう。
「あー……斎藤、待てよ。お前の気持ちはわからんでもないが……」
どうやって斎藤を説得するか、と左之が考えを巡らせながら一歩足を踏み出すと、その左之の横を天霧がすり抜け斎藤の方へと足を進めた。
天霧は無言で斎藤に近づき、そしていきなり拳で斎藤のみぞおちをなぐりつける。
「ぐっ…!」
で崩れ落ちる斎藤を、天霧はひょいと肩に担ぎ、あいかわらず冷静な声で千に告げた。
「では、先行して北へ向かいます」
千はたじろぎながらもうなずいた。
「お願いね。私たちもできるだけ早く準備を整えて北へ向かうわ」
天霧は皆を見渡しうなずくと、斎藤を抱えたままさっと立ち去った。

後に残ったのは場違いにのどかな夏の日差しだけ。

母屋の奥の方から、子どもの泣き声が聞こえる。
千太郎が起きたのだろう。
君菊も怪我をしているし、千鶴も斎藤もいない。先ほどまで呑気な平和が嘘のようだ。
平助と左之は二人で千太郎のもとへ向かいながら、千鶴の無事を祈った。 






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