【WILD WIND 12-1】
※千鶴ちゃん(記憶無)と斎藤さん(記憶アリ)の間の子どもがオリキャラとしてでてきます。苦手な方はブラウザバック!
――三年後 東京(江戸)
「新八っつあん、なんだって?」
左之が読んでいる文を、平助が横から覗き込んだ。左之は文を繰りながら「うーん……」と答える。そして全部読み終わった後、文を平助に渡し、縁側にどたりと寝転んだ。
「新八があっちでやってる道場が、繁盛して繁盛してたいへんなんだとよ。『俺だけ仲間外れにしやがって。3年も帰ってこないなんてきいてないぞ!俺もそっち行く!』ってわめいてるぜ」
平助は読みながら「くくく…!」と笑いだす。
「ほんとだ。……まあ新八っつあんの道場がはやるのは当然だよなあ」
左之も頭の下で腕を組み、抜けるような夏の青空を見上げながらうなずく。
「だな。あいつあんなんだけどいろんな流派極めてるし強いしな。教えるのもうめえし、そりゃ繁盛するだろ」
読み終えた平助が文をたたみながら言った。
「それは俺らも同じじゃん。この道場、もう人がはいりきれねえくれえじゃん!」
そうなのだ。初めて平助と左之がここにきてからもうすでに3年もたっている。千鶴と斎藤の子ども、千太郎ももう数えで三歳。かわいいさかりだ。3年の間自分たちの食い扶持くらいは自分でかせがないと、とがんばってきた平助、左之、斎藤の道場は、時代が安定して人々に余裕がもどってきたことともともとの腕前とそして明るい性格(斎藤は別だが)から、かなり繁盛していた。
前は週3回夕方からだけだったのが、だんだん回数を増やさないともたなくなり、今ではほぼ毎日午後から道場を開いている。
「こっちの道場もあるしなあ」
平助がつぶやくと、左之は苦笑いをした。
「まあ組替えやらなんやらはしなくちゃいけねぇが、人を雇ったり上手くなってきた奴らに初心者教室をまかせたりすりゃあぶっちゃけ斎藤一人でもなんとかなんだろ。千鶴の例の…鬼をひきよせる波動ってのもなくなったんだし、俺らがここに居る必要はもうあんまねえとは思うぜ」
左之がそう言った時、庭の向こうから小さな子どもが一生懸命駆けてくるのが見えた。
「へーしゅけくん!しゃのさん!」
母親である千鶴の呼び方そのままで呼んでくるこの子ども……。千太郎だ。
「だっこ!」
当然のように手を伸ばしてくる千太郎に、平助も当然のように抱き上げて自分の膝へ載せる。この家の離れに住んでる『おじちゃん』達は、千太郎を思いっきり甘やかして思いっきり遊んでくれる、千太郎の大好きなおじちゃんたちなのだ。
平助が戯れに千太郎をくすぐると、千太郎は嬉しそうに笑い「やめてよう」といいながらさらに平助に抱きつく。
「…左之さんが言うとおりなんだよな。でもほら……」
平助はそう言うと、ちょうどそこから見える庭の奥にある井戸を顎でしゃくった。そこには千鶴がおり、釣瓶で水を汲もうとしている。すると斎藤が後ろからやってきて釣瓶をとりあげ、千鶴の代わりに水をくみだした。
「あれがな……」
「な」
平助と左之は、仲むつましげな斎藤と千鶴を見て溜息をついた。
「千太郎の弟か妹ができるようなことになりゃ、安心して新八のところに帰れるんだがな。まあもちろん腹に子ができて千鶴の例の波動が強い間は力になるけどよ」
ぼやく左之に平助も頷いた。
「そうなんだよなあ」
平助たちがここに来た時と、斎藤と千鶴の関係は全く変わっていなかった。
時々二人で話している姿は、とても楽しそうで幸せそうで思い合っているのがよく分かる。
にもかかわらず。
二人の性格からなのか先へ進む気配が全くないのだ。
そう言えばあの二人が最初に恋仲になったのだって平助たちには寝耳に水だった。屯所にいたころもその後も、二人で仲がいいなとは思っていたがそんな風なことになっていることなど、斎藤が会津に残ることを決めたときに初めて知ったのだ。
あの時でさえ斎藤は、千鶴に土方達と共に行くよう言っていた。
あんな切羽詰まった状況や千鶴の意外な強情さがなければ、きっとあの二人はあのまま何事もなく暮らし続けて、きっと千太郎が産まれるようなことにもならなかったに違いない。
そうやって考えてみると、今のこの状況で斎藤や千鶴から何か行動をおこすとういうようなことは考えにくいのだ。しかしだからといってこのまま仲のいい大家と店子のままの状態で平助と左之が去ってしまったとしたら……
きっとますますあの二人は何事もなくそのままの関係で居続けるに違いない。
はあ…と二人が溜息をついた時、千鶴の手伝いを終えた斎藤が千太郎に気が付き、こちらに一人で歩いてきた。
「しゃーとーしゃん!だっこ!」
平助の膝から手を伸ばす千太郎を抱き上げながら、斎藤は左之が持っている文に気が付いた。
「文を読んでいたのか?」
「ああ。新八からだよ。早く帰って来いってさ」
「……そうか。確かに俺たちのために来てもらい迷惑をかけていたな……」
斎藤が申し訳なさそうに言うと、平助が気まずそうに頬をぼりぼりと掻く。
「いや別に迷惑なんかじゃねえけどさあ」
「しかし、今ここでお前たちがいなくなってしまうと女世帯に男が一人で間借りということになり世間体が悪くなってしまうな。道場はこのまま借りておくとして、俺は別の家を借りることと……」
「だあああ!何一歩進んで五歩さがってんのさ、一君!いいんだよ!俺らがいなくなっても斎藤君は千太郎の父親だし千鶴の旦那だろ?」
平助がいらいらと言うのに、斎藤は戸惑ったように答える。
「いや、それは前はそうだが今の千鶴とは……」
左之が溜息をついて起き上った。
「だからよ、今も夫婦になっちまえって言ってんだよこっちは」
「……」
目を見開いてだまりこんだ斎藤に、左之が続ける。
「俺らもそんなに長くはここにいられねえんだから、子どもがたくさんほしいならとっとと作ってほしいワケだ。腹に子が居るときはホラやっぱ俺たちの助けがいるだろ?北の鬼たちは最近めっきりこないとはいえ、たまーに怪しい影もあるしよ」
平助も援護射撃をする。
「千鶴だってはやくちゃんとし形になりたいと思ってるよ。ここは男の一君から動かねえと!」
「わ、わかっている!」
斎藤の動揺した声に、平助と左之はパチクリと目を見開いた。
「……なんだあ?お前このまま老後まで突っ走るつもりってわけじゃなかったんだな、ほっとしたぜ」
左之が楽しげに目をきらめかせて体を乗り出した。斎藤は目じりをうっすらと染めながら繰り返した。
「……わかってはいるのだ。俺も……その、やはり前のような関係になりたいと思っている。千太郎にも弟や妹を……と思うこともあるのだ。だが、だが、もし……その……求婚して断られてしまったとしたら、もう今のようにそばにいることができなくなってしまうではないか。そうなると彼女を他の鬼たちから守ることもできなくなってしまう。それを思うと、夫婦という形ではなくとも今のな幸せを……」
「だあああ!めんどくせえ!一君めんどくせえよ!」
平助が髪をかきむしり、空に向かって叫んだ。左之はさすがの余裕でうんうんとうなずいている。
「わかるぜ、告ったせいで今の関係がこわれてしまうのが怖い……ってお前は思春期か!とっくに夫婦になって子どもまで作ってる相手になにやってんだ!」
サラウンドで責められ、斎藤は再び黙り込む。
「し、しかし…きっかけが……」
「もうきっかけとかまどろっこしいことはすっ飛ばしちまえ!」
左之が手で空を切る様な形をした。
「すっ飛ばす…とは?」
左之はさらにぐいっと身を乗り出した。あたりをはばかることなのか、口に手を当てナイショ話のような恰好をしている。
斎藤と平助はつられて左之に耳を寄せ、左之の言葉を待った。
「……夜這いだよ」
「なっそっ…!ばっ…!」
わけのわからない言葉を発し真っ赤になっている斎藤を後目に、左之は千太郎へと手を伸ばし再び自分の膝へ抱き取った。
「千太郎、お前お母さんとじゃなくても寝られるだろう?俺たちと一緒でもいいし、君菊んとこはどうだ?」
千太郎はコクリとうなずいた。
「きみぎくしゃんとねる」
いつもは千太郎は母親である千鶴と一緒に夜寝ているのだが、君菊によくなついているため時々君菊とも一緒に寝ることもあるのだ。千太郎の返事に左之は満足そうに頷いて、斎藤を見る。
「ほらな?息子の協力も得られたことだし、今夜だ。今夜行って来い」
「……」
黙り込む斎藤を追い詰めるかのように、左之と平助は返事を待って顔を上げる。
斎藤は真っ赤になったまま固まっていた。
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