【Dr.斎藤 23】







『さて!次のコーナーはクリスマスに彼氏と泊まりたいホテル・旅館ベスト20です!』
つけっぱなしのまま朝の準備をしていた斎藤は、テレビから聞こえてくる女性アナウンサーの声に手を止めた。
冷蔵庫にしまおうと思っていた牛乳パックを持ったままテレビを見る。
女性アナウンサーはコーナーの説明をし始め、斎藤は牛乳パックをとりあえず冷蔵庫にしまうとソファに向かった。
途中でパソコンが置いてある机の上にあるメモ帳とボールペンを手に取る。
紹介されているホテルはほとんど東京だったが、後半になってくると全国各地のホテル・旅館紹介になってきた。
その中で『京都』という言葉に、斎藤はピクリと反応する。
「……」
メモに書いてある東京、大阪、京都のホテル名を見てしばらく考えた後、斎藤は『京都』のホテルに丸をつけると、今度はパソコンを立ち上げた。


助手席に身を乗り出して体を寄せると、千鶴は頬を染めて恥ずかしそうにしながらも斎藤の首に腕を回した。
二人の唇が優しく合わさる。
土曜日の診療が終わり、今日は年末の大掃除の第一弾として待合室の掃除を午後みんなですることになっていた。
足りない掃除道具と昼ごはんの買い出しに、斎藤の車で千鶴と行ってくることになったのだ。
斎藤の車は、病院の表にある患者用の駐車場ではなく、病院の裏にある小さなスペースに停めてあった。まわりは壁で人に見られることは無い。
最初は軽く、ついばむ様にくすぐるように何度か合わせた後、角度をつけて深く口づける。
「ん……」
千鶴は鼻から抜けるような声を小さく上げると、斎藤にぐったりとよりかかるように全身をあずけてキスに応える。
斎藤は、手で千鶴の顎を固定し舌をからめるようにして彼女の中をゆっくりとさぐっていった。

最初は怖がっていた深いキスも、最近の千鶴は進んで受け入れるようになってきた。最初は少しおっかなびっくりで硬かった体も、今はキスに夢中になって斎藤にすがりついてくる。
千鶴は無意識なのだろうが、ディープキスをしながら体を押し付けてこられると、いくら年上でいくら斎藤といえども我慢するのが難しい。勝手に手が動き背中を撫でたり唇でうなじを辿ったり……
最近はいわゆる「B」といっていいレベルくらいにまでなってきていると斎藤は考えていた。

もういいだろう

なにが、とはもはや聞かずともわかる。
千鶴との仲を深めるターゲットデーとしてはクリスマスだろう、やはり。
と、斎藤は綿密に計画をたてていた。
今年はイブを絡めた三連休で、土曜日は病院があるが日・月と休める。斎藤の家でクリスマスを二人で祝うか、もしくはどこかのレストランに行き帰りに斎藤の家に……などと漠然とイメージしていたが、旅行というのはなかなかいいアイディアだ。
しかも京都だ。
以前から新選組に関係する場所へ一緒に言っているが京都など見所がたくさんあるではないか。それを口実に……いや口実というより名目にして、千鶴を旅行に誘えばいいのだ。二泊……は仕事の都合上難しいかもしれないが一泊なら。
斎藤はテレビで京都の旅館の紹介を見て即座に電話をし、予約をしていた。
あとは彼女を誘うだけだ。彼女も都合があるだろうし誘うのは早い方がいい。
メールや電話で誘ってもいいが微妙な話でもある。本当は嫌がっていないか怖がっていないかを探るためにも、誘った時の彼女の顔が出来れば見たい。しかし、二人で旅行となれば当然夜はそういうことになるのをわかって誘っているのだからなんとなく誘いにくい。あれから何度か二人きりになろうとしたが、いつも総司がしゃしゃりでてきたり、二人きりの部屋に千が入って来たりしてなかなか誘えなかった。

斎藤はゆっくりと唇を離し、うっとりとした顔の千鶴を見る。
上気した頬に潤んだ瞳が色っぽく、斎藤はまた唇を寄せたくなった。しかしきりがないしここでは先には進めない。
それに時間がかかれば千達があれやこれやと詮索してくる可能性がある。
斎藤は、最後に名残惜しげにちらりと千鶴を見ると、運転席に座りなおしてシートベルトを閉めた。
掃除用具も持ち帰り弁当もある大型ショッピングセンターへと車を向ける。
ここで京都の話をしようかと思ったが、千鶴がぼんやりしていたので斎藤は何も言わずに運転をした。ショッピングセンターについた後も内心タイミングを計っていたが、買い物の途中ではもちろんそんな話を切り出す雰囲気ではない。帰りの車か……と思いながら斎藤は買い込んだビニール袋を両手に持った。
そして千鶴がもらった年末恒例福引の大量チケットを、千鶴が景品交換所の店員に渡し、ガラガラをまわすと……

「おーおーあたーーーりーーー!大当たりです!おめでとうございます!日光温泉二泊三日四名様ご招待!!」

千鶴がまわして出てきたのは、まぶしく輝く金色の玉だった。
「えっ!?あたったんですか!ほんとに!?」
わらわらと周りに集まってくるはっぴを羽織って鉢巻をしたスーパーの店員たち。千鶴は驚きと喜びで目を輝かせて、隣にいる斎藤と店員とを見ている。斎藤は突然の出来事に面食らって目を瞬いていた。スーパーの店員が興奮したままで説明を始める。
「金賞ですよ!この福引にたった一つ!おめでとうございます〜!!日光の有名老舗温泉旅館に四名様無料で宿泊です!日程はクリスマスの三連休!予約が難しい人気旅館ですので本当にラッキーでしたね!詳細についてはこちらに……」
そう言いながらスーパーの店員は分厚い茶封筒を千鶴に渡した。中に温泉旅館のパンフレットや日光の観光りーフレットなどがはいっているのだろう。
しかし斎藤は、先程スーパーの店員が言っていた「クリスマス三連休」「二泊三日」が気になっていた。斎藤が密かにたてていた京都旅行とだだかぶりではないか。
千鶴が金賞をあてた興奮で目をキラキラさせながら斎藤を見上げた。
「斎藤さん!クリスマスの週末、あいてませんか?みんなで一緒に温泉に行けたら楽しいですよねっ」
「みんな、とは?」
「え?えーと…そうですね、私と斎藤さんと……沖田さんと千ちゃんとか?でもあの二人別にそういう仲でもないから変かな……」
いや、ヘンかどうかなど気にする奴らではないだろう、と斎藤は思った。普通ならカップルの旅行について行くのはお邪魔かな、などど気を回すかもしれないシチュエーションだが、あいつらに限ってそれはない。無料で温泉旅行となれば大喜びでついてくるに違いない。
斎藤は、これまでイメージしていた「千鶴としっとり京都旅行」がガラガラと崩れ、総司や千にからかわれながら苦行のような温泉旅行のイメージ図がありありと想像できた。ただでさえ堅物だった斎藤が女子高生だった千鶴と付き合いだしたのを面白がっていた「あの」二人だ。こそこそと二人で情報共有しているのもなんとなくわかっている。
千が知っていることは総司も知っており、その逆もしかりだ。そしてニヤニヤしながら『わかってるわかってる』という顔で斎藤を見ているのだ。

帰りの車の中は興奮している千鶴とは対照的にどんよりと落ち込んだ斎藤だった。
当然京都旅行のことなど言えやしない。

キャンセルするか……

しかし、未練だがそれもおしい。千鶴には京都が似合うと思うのだ。いや冬の兼六園とかも似合うかもしれない。
……日光の温泉でもいいのはいいのだが。
しかし日光に行くとなれば部屋は男子チームと女子チームにわかれるだろう。さすがに総司と千を一緒の部屋にはできないし、総司と千の目の前で千鶴と一緒の部屋に泊まるのも嫌だ。
京都の池田屋に行き西本願寺に行き…といろいろ計画を立て千鶴の喜びそうな場所をセレクトしていた自分が虚しい。
いや、まだ諦めるのは早いかもしれない。病院に到着して総司達にこの話をしてしまった後で『やはり京都に千鶴と二人で行く』とはさらに言いにくくなる。勝負は病院に帰る前の駐車場だ。
どうせこの買い出しの機会に千鶴を京都に誘おうと思っていたのだ。下心がある分誘いにくくて時期を逃がしていたが、今誘わなければ『千鶴としっぽり冬の京都』は永遠に幻になってしまう(←おおげさ)。
斎藤はハンドルをギュッと握った。



斎藤と一緒に旅行に行けるかも、ということに千鶴はわくわくしていた。
高原への研修旅行もドキドキして楽しかったが、あれは一応仕事だと気をはっていたし、北海道で二人になったこともあるが、あれはのんびり旅行とは言い難いものだった。デートはちょこちょこしているが、旅行なら一日中一緒に居られるのだ。千も総司も明るくて楽しい人たちだし、斎藤もきっと楽しめると思う。
病院にはちょうど総司も千もいるし、誘ってみよう。だが、日程は斎藤は大丈夫なのだろうか?
「あの、斎藤先生?土曜日って診療ありますよね……?」
千鶴ももちろんバイトだ。どうしようかと一瞬考え込んだが、午前診療だけなのでそれが終わってから行けばいいのだ。少しだけあわただしいが行けなくはない。千鶴が、もうすっかり日光に行く気でいろいろ考えていると、となりで何故か魂が抜けたような様子で運転していた斎藤が、ポツリとつぶやいた。
「……千鶴は日光に行きたいのだろうか」
千鶴は驚いて斎藤を見た。
「それは……日光というか……」
斎藤とだから行きたいだけなのだが、斎藤は日光に行きたくないのだろうか?
「斎藤先生は、その…行きたくないんでしょうか?」

旅行がきらい?日光がきらい?温泉がきらい?……それとも私と行くのがいやなのかな……クリスマスは何か他の予定があるとか……もしかしてあのゼミの女性とか……

どんどん悪い方悪い方へと考えて行ってしまい千鶴もどんよりと暗くなっていく。
斎藤が言いにくそうに口を開いた。
「いや、千鶴が日光に行きたいと言うのならそれでもいいのだが、その……」
言いかけた時に病院の駐車場につき、バックするために斎藤の言葉は途切れた。
ギッとハンドブレーキを引いた音がして車が完全に停車すると、斎藤は助手席の千鶴に向き直る。
そして千鶴の瞳を見て、視線をそらし、また見て、そらし…を二回ほど繰り返した後、斎藤は口を開いた。
「その……京都に行きたいと思っていたのだ」
思いもよらなかった言葉に、千鶴は目をぱちくりさせた。
「京都?ですか?……でもあたったのは日光で…」
「クリスマスの三連休は京都に、と計画していた」
「……そうですか」
そうなのか、斎藤にはもう予定が入っていたのか。しかもクリスマスの三連休に京都。
……誰と行くのだろう、まさか一人ではないと思うが。大学病院の方の人とだろうか。



急に暗くなった千鶴の表情に、斎藤は斎藤で『千鶴は京都に行きたくないのか』と誤解していた。

そうか、そんなに日光に行きたいのなら京都はキャンセルした方がいいかもしれんな

斎藤は潔く諦めようと、小さく溜息をつく。
「いや、すまなかった。忘れてくれ」
斎藤がそう言って買い込んだ荷物を持ち車を出ようとすると、千鶴が呼び止めた。
「あの!あ、あの……」
「なんだ?」
「……いえ、なんでも……」


前にゼミの学生との時も、かなり嫉妬深い行動をしてしまったと千鶴は反省していた。
ここで『誰と京都に行くのか』等と聞いたら、詮索されているようで斎藤はいい気はしないだろう。
しかし気になる。かなり気になる。なんとかうまく聞き出す方法はないかと千鶴は頭をひねった。
「あの…京都は、京都には……。京都には二泊するんですか?土曜日の診療は……」
「いや日曜にでて一泊して月曜日に帰ってくる予定だった。少しあわただしいかもしれんな」
一泊だけ…何しに行くのだろうか、と千鶴はさらに疑問がふくらんだ。
何しに。
誰と。
聞きたくてたまらないが、嫉妬深い女の代名詞のようなセリフなので千鶴はぐっと我慢する。そして無理に笑顔を作った。
「わかりました」
斎藤が行かないのなら、千と総司と一緒に日光に行くのもあまり意味がないように思える。あのチケットは誰かにあげてしまおう。
「私も……日光はやめようかなって思いました。斎藤先生が行かないのならなんだかヘンだし…。家族で行こうかな」

そう言いながらも千鶴の胸の奥で、もやもやが小さな怒りに代わる。
クリスマスは一応『彼氏』と過ごすものだと思って、初めて予定を空けていたのに!
そうだ、そもそもクリスマスに別の人と京都旅行をするというのは、斎藤は一体『彼女』のことをなんだと思っているのだろうか。外せない予定だとしてもふつうは自分から申し開きをしてしかるべきなのではないだろうか。
これは千鶴の勝手な我儘ではないはずだ。
それとも、斎藤の中ではスジは通っているとかだったらどうしよう、と千鶴は今度は逆に不安にもなった。
『クリスマスは本命と』という日本の彼氏彼女のルールを斎藤は知らないのだろうと思っていたのだが、もし知っていた上で千鶴をクリスマスに放置するのだとしたら。
千鶴は本命ではないということになる。
千鶴はぶんぶんと首を横に振った。
それはない!
……それはない、……はずだ。

妄想も含めてぐるぐると考えている千鶴に、斎藤が驚いたように聞いた。
「日光に行きたいのではないのか?」
斎藤の言葉に千鶴はカチンとくる。

そりゃあ斎藤先生は京都に行くから……!日光には行きたかったです!斎藤先生と!

「……でも、斎藤先生が日光に行かないのなら、私とお千さんと沖田さんっていうメンバーがなにかちぐはぐですし。あの日光のチケットはうちの家族にあげたほうがいいかなって」
「……」
斎藤が蒼色の目を見開いて千鶴を見ているので、千鶴はあてこすり過ぎたかと気まずい思いで目をそらした。
「いや、なんだか話がくいちがっているな。俺は日光に行かないのか?」
「……」
千鶴は斎藤を見る。確かにくいちがっているような……?
「え?斎藤先生、日光に行くんですか?」
「……そのつもりだったが」
「……え?え?じゃあ京都はどうするんですか?」
「京都?京都は行きたくないのだろう?」
「?私がですか?」
「日光がいいのではないか?」
「……」
「……」
二人は無言でしばらく見つめあった。
同じことを話していると思っていたが、どうも全く違う話をしていたようだ。



そうして駐車場の車の中で、からみあってこんがらがってしまったヒモを二人でほどいて。
ようやく誤解がとけて、斎藤と千鶴はめでたく京都旅行に行けることになったのだった。











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