【恋人たちのクリスマス
〜シンデレラの指輪〜】
「左之さん遅いね〜」
センタータワーの二階、駅に直結する橋のあるフロアで、総司はちょうど先ほど止まったビジネスタワー用のエレベーターの方を見ながらそう呟いた。
あと一週間でクリスマス。街はすっかり赤と緑一色で、ちょうどすぐそばにも一階からの吹き抜けにある大きなクリスマスツリーのてっぺんの星がよく見える。
「電話をするか?」
斎藤がそう言うと、総司は首を振った。
「いいよ別に急ぎじゃないし。出がけに捕まった電話が長引いてるんでしょ。今日は取引先に顔出しに行くだけだし特に時間も決めてないし、のんびりいこうよ。僕、ちょっとトイレ行ってきていい?」
「ああ」
そう言って、一人になった斎藤は、目の前にあるクリスマスツリーを見て、周囲を浮かれて歩いているおしゃれをした買い物客を見て、自分が立っている後ろの店のショーウィンドウを見た。
そこはジュエリーショップで、計算され尽くしたライティングで綺麗にディスプレイされた指輪やネックレスが輝いている。
「……」
そういえば、クリスマスは一緒に夕飯を食べようと約束はしていたが、クリスマスプレゼントは特に考えていなかったな……
やはり何かあげた方がいのだろうか。今ちょうど目の前にあるのは、大きな赤い石のついた指輪だが、彼女はこういうものが好きだろうか。シンデレラの指輪は喜んでくれていたが……。ん?隣にあるのは、これはネックレスか。ネックレスは千鶴はつけていたかどうか……
斎藤は千鶴の服装をあれこれ思い出そうとしたが、あいにくとさっぱり思い出せなかった。あまりじゃらじゃら付けている印象はないが、アクセサリーが嫌いなのか。しかし女性に他に何を贈ればいいのか、そういえば前にデートをした時にそろそろ新しいカレンダーを買わなくてはと随分探していたようだったが、さすがにそれはクリスマスプレゼントとしてはどうかと自分でも思うし……と斎藤が深く思い悩んでいると、いつの間に来たのか隣りにジュエリーショップの女性店員がぴたりと張り付いていた。
「何かお探しですか?こちら、とっても粒の大きなルビーなんですよ、出してご覧になります?」
「あ、ああ……いや、探すというか……」
センタータワーの二階にあるだけあって、そこは店員もかなり高級そうな女性で、きちんと接客の訓練をうけているらしく、斎藤は流れるように店内に案内された。
センタータワーの喧騒が嘘のように、そこは静かで薄暗く贅沢な、落ち着いた空間だった。斎藤は身につけているものからどうやら『カモだ』と認識されたようで、一番奥までふかふかの絨毯の上を連れられていく。
「クリスマスのプレゼントですか?」
「ああ……、こういうのは女性は好きだろうか?」
「んまあ!当然です」
女性店員は斎藤が驚くくらい驚いたリアクションをとって、何が面白いのかクスクスと笑う。
「恋人からジュエリーを贈られて嫌がる女性なんていません。……恋人に贈られる予定なのでしょう?」
店員の質問に、斎藤はうっすらと目尻を染めた。
「あ、ああ」
女性店員のにこやかな笑顔はそのままだったが、彼女の背後に『カモネギ!』と大きく描かれていたのには、斎藤は当然気づくこともなかった。
男子トイレが意外に混んでいて、総司が戻ってきたのは二十分後。
きょろきょろとあたりを見渡したが、左之もいなければ斎藤までいなくなっている。
「あれ?」と言いながら反対方向へ行こうとしたとき、後ろの店の奥に斎藤がいるのに気がついた。女性店員と男性店員に囲まれて、ガラスのテーブルになにやらいろんな箱を並べられている。
総司が入っていってみると、ちょうど斎藤が「ではこれにしよう」と言ったところだった。
「斎藤君、何してるの?」
総司がそう言うと、椅子に座っていた斎藤は財布からカードを出しながら振り向いた。
「総司か。いやクリスマスのプレゼントを買ったのだ」
「……僕がトイレに行ってるあいだに?どれを買うかもう決めてたってこと?」
「いや、今決めた」
いろいろつっこみたいところはあったが、とりあえず総司は斎藤が選んだジュエリーを見せてもらった。
「……これ!?」
強烈な緑色の大粒の石の周りをいくつもダイヤモンドが囲み、さらにその両脇にこれまた毒々しい赤色の石がつている、なんとも言えない微妙な指輪だった。
「何かまずいだろうか?石の品質も上質とのことで薦められたのだが」
「……」
総司は横目で素知らぬ顔をしている女性店員をちらりと見る。斎藤がジュエリーやアクセサリーのことをよく知らず、でもほいほいと金を払いそうだと踏んで一番高いものを売りつけようとしたのに違いない。
「で、いくらなの?」
そう言って値段を見た総司は、心の底からため息をついた。
「二十分で、しかも人への贈り物で、7桁の金を使うってありえないでしょう!」
総司に怒られて斎藤は目をまたたいた。
なぜ怒られるのかわからない。特に総司には迷惑かけてはいないのに。それに女性は高価な美しいものは大好きだとこの女性店員も言っていた。
総司は髪をかきあげて呆れたように行った。
「そもそもさ、金以外にも、斎藤君はこの指輪をどうしていいと思ったのさ」
総司に問われて斎藤は考える。
「……おれには女性がどのような指輪を好きなのか正直いってよくわからん。ならばプロの薦めに従うのが一番だろうと考えた」
「じゃあ、斎藤君はこれが千鶴ちゃんに……千鶴ちゃん用だよね?……千鶴ちゃんに似合うと思う?」
千鶴用か、という問には頷き、斎藤は次に『似合うと思うか』という問について考えた。
しかしわからない。そもそも似合うかどうかというのは斎藤の主観だし、これを実際もらうのは千鶴で、千鶴が気にいるかどうかの方が大事なのではないだろうか。そしてこれなら女性は誰でも気にいると店員がいっているのだから問題はないと思うのだが。
斎藤がそう自分の考えを言うと、いつの間に来ていたのか背後にいた左之が言った。
「千鶴は教師だろ?こんなでかい指輪、いつ付けると思うんだ?学校にはもちろんつけていけないだろうし、私生活でこんなもんつけるようなパーティ族でもねえだろ。もうちょっと千鶴にあった奴にしたほうがいいと俺も思うぜ」
「左之」
「左之さん、そのとおり!それにさ、斎藤君、過去のことから一個も学んでないんじゃないの。あの子のために車を買うとか言い出してひかれたんでしょ?その上生活の援助まで申し出て逃げられたじゃない。これもそれと一緒だよ。斎藤君的には特に趣味もないし付き合いだしてラブラブになってるからいくらでもお金かけても気にならないだろうけど、あの子はそういうの気にするんじゃないの?こんな大きな石がついてたら高いってのは値段聞かなくてもわかるしさ」
過去のことを言われて、斎藤はハッと冷静になった。
総司の言うとおりだ。人に何かするときは自分のためにではなく相手がどう思うかを第一に考えなくては。
「……すまなかった。その通りだ。俺はまた過ちを犯してしまうところだったな」
せっかくカモネギに売りつけようと思っていた女性店員は、それでもさすが高級店、にこやかに三人を促す。
「では、こちらはおやめになりますか?ほかにもいろいろございますけれど、普段遣いということでしたらこのようなものや……」
プラチナをふんだんに使いダイアモンドをいくつも埋め込んだ重量感ありそうな指輪をスっと出されて、斎藤は考え込んだ。
一体女性というのは何を根拠にしてこのアクセサリーがいい、このアクセサリーは良くないということを決めるのだろうか。
石の等級や大きさ、使用している材質や有名なデザイナー。そういった定量的に測れる基準があるのなら斎藤にも『いや、これじゃなくそちらを』と言えるのだが、あいにく斎藤にはどの指輪が良くてどれが良くないのかさっぱりわからない。総司や左之が言った千鶴が日常に使いやすいか、値段が適度かというのならなんとなくわかるが、その中で石が白いのがいいか透明がいいか青いのがいいかそれとも赤か、いやいっそのこと石はない方がいいのか、そもそも指輪以外のネックレスとかイヤリングの方がいいのか、いやピアスとさきほど女性店員がいっていたが、千鶴はピアスなのかイヤリングなのか……
考えすぎて斎藤の脳みそが爆発しそうになったとき、左之がため息をついてぐるりと店内を見渡した。
「あれと……あれ、それとあれも持ってきてくれるか?悪いな、こいつあんまりこういうのを選んだことがなくて時間がかかってよ」
にっこりと左之のキラースマイルが光り、女性店員はぴしっと背筋を伸ばし頬を染める。
「まあ、とんでもございません。すぐにお持ちしますね」
そうして並べられたネックレス、イヤリング(左之が千鶴はピアスではないと覚えていた)、ブレスレット、指輪を、左之と総司がじっくりと見た。斎藤は真ん中の椅子に座ってはいたがもうなんの意見もない。正直どれも同じに見える。
「これがいいんじゃねえか?」
「あ、僕も思った。重ねてつけられるし、一つでもつけられるし」
それはピンクと水色と黄緑色と透明のそれぞれがハート型にカットされている四つの指輪だった。リングは細く華奢なプラチナで、ひとつだけでもつけられるが、四つや三つを重ねづけすることもできる。
「可愛いし、千鶴ちゃんっぽいんじゃない?どう?斎藤君」
「……ああ、いいと思う」
「セットのブレスレットとネックレスもあるけどどうすんだ?」
「……ああ、じゃあそれも」
全部つけても値段は、6桁は行くがまあ斎藤の給料から考えたら許容範囲だろう。……ちょっと大判振る舞いすぎる気もするが、このカップルに限っては千鶴が金目当てということはありえないし問題はない。
包装してくれるのを待つ間、「気に入ってくれるだろうか……」と少しだけ不安そうな斎藤を見て、左之と総司はアドバイスをしてよかったと心から思ったのだった。
<おまけ>
そしてクリスマスの翌日。
あきらかに女性が――当然千鶴だろう――選んだ、淡いラベンダー色のネクタイをした斎藤が、幸せいっぱいな満足そうな顔をして出社したのを見て、左之と総司は目を合わせた。
どうやら左之と総司が選んだ千鶴へのプレゼントは問題なく受け取ってもらえたらしい。
「……あーあ、なんか俺らがサンタみたいだよな」
「ねえ……。僕らのサンタはいないっていうのに」
「でも、あいつのあの女の扱いの下手さを見ると、しょうがねえなあって気になってついついいろいろ世話焼いちまうんだよな」
「来年は、もう斎藤君の面倒なんて見てる暇がないくらいになりましょうね、お互いに」
「そうだな」
二人の会話に気づいた斎藤が言った。
「いろいろ世話になった。お前たちが逆の立場になったらぜひ俺にもプレゼント選びについて協力させてくれ」
総司と左之は顔を見合わせる。そして同時に言った。
「気持ちだけもらっておくよ」
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